現役外資系CAみのりです


2002年から
16年CAをしていて

そういえばあんなこと
こんなことあったよなぁと

最近よく思い出すので
今日は思い出深いフライトの一つを 
綴ってみます😁

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何年飛んでても機内から外を眺めるのが好きです♡
こちらはロシア上空の景色



これまで何百回と
飛行機で働いてきて
 
怖い想いしたことは
正直そんなにないけど


新卒で韓国の会社に入って
最初の3年未満の時かな?



ソウルの空港を離陸後すぐに
エンジン近くの翼から火が出てるのをみた時が
一番ヒヤっとした時かも😱😱

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写真は内容とは関係ない、ペルーで国内線乗ったときのもの




お客さんが

「火!火が出てる!!」

と叫んで教えてくれて、

すぐにキャプテンにコール



機材は、今はもうほとんどお目にかかれない
ボーイング747(2階建のやつ!)



B747には片側に5つドアがあり

私は翼の火がちょうど見渡せる
4番目のドア近くのジャンプシートに
座っていました



怖い!!
助けて!
とパニックになるお客さん

私も実際に機体の出火を見たのは初めてで
心臓バクバク。。


だって、つばさの側にはエンジン、
エンジンに火がついたら、
かなりヤバイと誰でも思う。。


すぐにパーサーから
CA全員宛てにインターフォンが鳴り、


「これからインチョン空港に戻り
緊急着陸をする。
万一に備えて
非常脱出の準備をするように!」

と😱


え?非常脱出って
まーさーかー
トレーニングでやった、
あの滑り台降りる、アレ!?!?


トレーニングでしか使ったことのない
「非常脱出」という言葉に

怖い!どうしよう!!と
私もパニックに
なりかけましたが


反対側のドアにいた先輩が


「あなた落ち着いて!
 大丈夫だから!!
 非常脱出で
 降りたら何するかだけ考えて!」


と落ち着かせてくれて
我にかえることができました



「そうだ。
 飛行機がとまったら、
 まず出火状況みて
 指示があれば非常脱出。

 こちら側から火が出てたから
 逆側のドアだけ使うのよね。

 補助の乗客お願いして
 滑り降りたら
 みんなをできるだけ遠くに誘導して

 ・・・うん!
 やれることはそれだけ!
 大丈夫!」



と、頭の中で一通りシュミレーションしたら
あとはやるしかない!と
腹をくくることができたように思います
 

消防車も滑走路に待機。
 
着陸のときには火は消えていて
普通に着陸でき、
みんなで別の飛行機に乗り換え。


飛行機を降りるとき、
「落ち着いて!」と話してくれた
韓国人の先輩が

飛行機降りてすぐ


「あ〜、お腹すいた〜」

と言ってるのを聞いて

「この人、まじで言ってる!?
キモすわりすぎ・・・😱」
と絶句でしたが・・・・


→長年のクルー生活を経て
わたし自身も相当肝すわってきてると
自覚してますw 



飛行機が緊急着陸するまでの
数分間。
 
オーバーかもしれないけど

「死ぬのかな」

って。
人生の後悔が
頭の中を駆け巡ったのですが

その時思ったのは

「もっと実家に帰ればよかった」
「親孝行したかった」

でした



コロナ禍で今年もまだ帰れていませんが
感染に気をつけて
近いうちに両親に会えたらと
改めて思います。



今、このフライトのことを
思い出して気付いたのですが
このときのクルーとのやりとりって
全部韓国語だったんですよね😧


本気で「アニョハセヨ」「カムサハムニダ」
しか分からず韓国の会社に入り、

この時入社して3年とかだったので
言葉も全然わかってなかったはずだけど



当時はブリーフィングから
機内での細々とした連絡まで
オール韓国語だったので

相当スパルタな
韓国語学習環境だったなぁと
改めて思います😅


だから韓国で
親友もできたし
一生繋がっていたい濃い友人達に
出逢えた訳で
人生でかけがえのない
素敵な8年を過ごさせてもらえたのですが 

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韓国の航空会社でCAをやっていた時、
毎日がネタの宝庫ってぐらい
面白おかしいこと・ありえないことが
起きまくっていたのですが、


ちゃんと記録してないから
忘れてしまった思い出も沢山・・


また思い出深いネタ思い出して
ブログにしてみます😘


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当時の制服
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ブラウスは2パターン。
初めて着た夢の職業の制服だったし
韓国らしくて好きだったな


長いブログ読んでくださって
ありがとうございます 

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